カテゴリー別アーカイブ: 会社設立までの道のり

中国市場のバブル崩壊による世界同時株安について


 中国の上海市場を発端とした世界同時株安となってしまいました。中国のバブル崩壊と言える今回の事態によって、今後の日本経済に影響を及ぼすでしょう。

 約25年前、私が大学(経済学部)時代だった4年間、日経新聞を毎日隅から隅まで読むことを自分に課していた頃に1銘柄だけ株を持っていました。株を所有することで経済の動きにより興味を持つことができ、良かったと思っています。経済についての知識には結構自信が持てる様になりました。

 その後、社会人になってからもいくつか株を買いましたが、約15年前のITバブルで少々痛い目に遭った時に、株式投資はやめました。当時のITバブルで株価が急騰した多くの企業は、詳しくは書きませんが時価総額だけはあるものの、実態が曖昧なものでした。
 
 仕事で働いて稼いだお金の運用先は、多くの場合、リスクが高いと一般的に言われている順に、為替、株式、商品先物、投資信託、債券、預金利息となります。そして、多くの場合、増やす予定の運用資金は目減りしてしまうのです。なぜなら、基本的にどんなゲームでも胴元が勝つ様にできているからです。カジノで1番儲かるのは運営会社で、賭けている人ではありません。株式も場を動かしている人(最も大きなお金を動かしている人)が勝ちます。

 私が大学生の頃の株価は、ほぼその企業の業績と連動していましたが、今は中国、アメリカ、ヨーロッパの経済状況、為替レートが株価に大きく影響を与える時代になっています。
7年前のリーマンショック、今回の世界同時株安も、他国の問題が日本に大きく影響を及ぼす事態となっていて、その様なものへの資金運用は「投資」ではなく「博打」と私は考えています。

 上記の理由で、私の場合、手持ち資金は、本業、自分で立ち上げた事業にのみ投資することにしています。つまり、規模は大きくなくても、私が胴元になれるものにのみ投資をするということです。
 仮に事業がうまく行かなかったとしても納得できますし、ノウハウは残ります。実際に、結果的には投資回収率は非常に高くなります。

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会社設立までの道のり 6 (IT業界と新入社員研修と私)


 大学時代から自作のホームページを作ったりと、パソコンには興味があって、これからはIT業界が伸びるんじゃないか?その最前線で仕事をしたいと思っていました。

 調べてみると、文系でもIT業界に入っているとのことだったのですが、今思うと、不思議ですよね・・・。そんな訳で、私の就職活動は終わり、システムエンジニアとしての道が開けました。

 本当に私がシステムを組めるようになるのか??という疑問を思い切り感じていましたが・・・。ソフトウェア関連の本を読んでも書いてあることが分からないんですから・・・。

 翌年3月に無事卒業した後、4月から富山県の山奥で2ヶ月間の新入社員研修が始まりました。とにかく、仕事はせずに毎日研修です。給料を頂きながら、コンピューターについてはもちろん、マナー研修などもあり、色々なことを勉強し教えてもらいました。
 
 この当時はWindows95がリリースされたばかりで、研修所の全てのパソコンにWindows95が導入されていて、その使いやすさに驚きました。それまでは、真っ暗な画面に命令文を入力する「DOSコマンド」でしたから・・・。研修所ではインターネットも自由にできました。当時から私はインターネットを使い始めましたから、「すげーものができたな・・・。世の中変わるな・・・。」と感じていました。

 当時は、利用時間に応じて利用料金がかかるダイヤルアップ接続方式の「パソコン通信」全盛時代でしたから、パソコンは「誰でも使えるもの」ではなかったです。

 研修所で衝撃を受けたのは、理系出身の人達の存在です。文系出身の私とは、もとからレベルが違いました。ネットワーク関係のことでは、話している内容が分かりません・・・。この人たちには永遠に勝てないと確信しました(苦笑)

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会社設立までの道のり 5 「就職活動と内定と私」


 久しぶりの「会社設立までの道のり」シリーズです(苦笑)

 ちょっとだけお時間ある方はおつきあいくださいませ・・・。

 大学4年になって、就職活動を始めました。この年は、バブル崩壊の余波をモロに受けていて、求人の数が極端に減っていました。それに加えて、私は第二次ベビーブーム生まれですから、就職希望者も多い・・・。まさに就職氷河期でした。

 数年前に卒業した先輩から聞いていた、企業説明会に参加するだけで食事が出てテレフォンカードをもらえて・・・等というおいしい時代は終わっていて、就職活動では実費の交通費を2次面接以降ならもらえる企業もたまにあったくらいでした。

 私は、大学時代にこれといったこともしてきてなかったので、アピールできることもなく、これと言ってやりたいこともなく、当時は競馬をしたいから土日が休みの会社にしよう・・・。経済に興味があるから銀行か証券会社にしようか・・・。
と思って活動して行くも書類選考で落とされて、面接すら行けずことごとくダメで、もしかしたら就職浪人??といった危機を孕んでいました。

 ところが、最後の最後で1社だけとんとん拍子に最終面接まで行って内定をもらいました。

 確か7月だったと思います。本当に滑り込みセーフです。

 しかも、就職活動の途中から志望業種として挙げた東証一部上場のIT企業に決まることができました。

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会社設立までの道のり 4 「シュムペーターと起業と私」


 独立して、会社をつくるということ。

 これは、大学生の時からのおぼろげながら抱いていた夢でした。きっかけは、ゼミで専攻したシュンペーター(シュムペーター)経済学だったように思います。

 そう、今思い出しました。大学時代はシュンペーターの考え方にハマッていました。経済を活性化するには「創造的破壊が必要」だという考え方です。

 当時、経済理論の需要と供給曲線や訳分からない数式、マルクス経済学などの授業を受けて「現実とマッチしない理論を勉強しても無駄。実践的な考え方がない・・・」と大学の授業に失望していました。

 そんな時に出会ったのがシュンペーター理論でした。

 ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter, 1883年2月8日 – 1950年1月8日)は、オーストリア出身の経済学者で、「イノベーション」や「アントレプレナー(企業家・起業家」という言葉を作った人なんです。

 第二次世界大戦より前の時代の人が提唱した近代経済学においては、斬新過ぎるものです。資本主義が極まると社会主義になるという理論を展開し、資本主義なき社会主義国家は必ず崩壊することを予言していました。(現にソ連や東欧は崩壊しました。)

詳しいことを書いていくと、ちょっとマニアックになりますのでやめますが、私の中では「経済学」というくくりの中ではセンセーショナルなものでした。

これから起業をされたいなど、経営に興味のある方は是非触れて頂きたいです。

私が当時読んで分かりやすくて今でも書棚にあるのが、

シュンペーター―孤高の経済学者 (岩波新書)

経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉 (岩波文庫)

下巻もありますが、上記いずれも文庫本になっています。

最近出た本は、
シュンペーター 大文字版 (講談社学術文庫)

 ゼミの担当は浜崎 正規氏(立命館大学名誉教授)でした。シュンペーターを研究した著作もあります。
シュムペーター体系の研究
 
シュンペーターを研究していた大学時代を思い出します。

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会社設立までの道のり 3 「関西と競馬と私」


 さて、大学生活がスタートするのですが、九州大学の合格発表後に下宿先探しをしに行ったこともあり、殆ど空き物件がなかったのです・・・。

 結局、大学1年目は、5畳半一間で共同便所、共同風呂が下宿先となりました・・・。エアコンがなくて、夏は西向きの窓に切ったダンボールを貼り付けていたのを思い出します(笑)
 2年目には引っ越して6畳ユニットバス付きが下宿先となりました。

 京都に来てびっくりしたのが、関西人は関西弁をしゃべっていることでした。吉本新喜劇の中の世界が普通にあったのです(笑)

 関西人の笑いのセンスは、本当にすごいです。関西に住んで長いですが、飲み会などで関西出身の方と話をすると、普通の人でもめちゃくちゃおもしろいんです。

 たまに、私がオチのない話を仲間内ですると、「吉田さんのその話、オチないやん!」ってたまに言われることがあるんですが、「いや、私は生粋の九州人なんでムリです。」というと皆さん納得してくれるというノリの良さが好きですね。なるべくオチのある話を心がけていますが、身についている人達はやっぱり違います(笑)

 また、大学時代にハマったのが競馬です。1回生の秋からはほぼ毎週、京都開催ではない時も(100円単位で馬券が買えるので)京都競馬場に足を運んでいました。

 私が初めて競馬場に行った時のメインレースが、タケノベルベットが優勝したエリザベス女王杯でした。

 メジロマックイーンの天皇賞・春、ナリタブライアンが三冠を取った菊花賞は生で見て最も感動したレースです。時代を感じますね・・・(笑)

 今思えば、競馬の終わった次の日に週間競馬ブックを買って次週の予想を始めるという、競馬漬けの日々を送っていました・・・。

 競馬を通して仮説づくり、推理力、分析力、直観力等のビジネス応用力を付けたと思います・・・。ホンマかいな!?(苦笑)

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会社設立までの道のり 2 「広島風お好み焼きと水城学園と私」


 その後、高校に進学しました。佐賀県立の致遠館高校でした。

 この高校は、私の世代が1期生でした。今年20周年です・・・。

 高校の命運が私達にかかっていた訳で、もの凄く期待され、精鋭の先生達が送り込まれていた様です。その後、当時の先生方が県内の高校の校長先生になった方も多数いらっしゃるようです。

 さて、勉強三昧の日々を送ったのですが、広島大学を受験して落ちました。カープファンだったので受けたのか?今になって思い返すと、何で広島大学を受けたのか記憶が全くありません・・・。

 「広島風お好み焼き」を食べて「こんなうまいものがあるのか!」という衝撃を受けた記憶だけ思い出しました(笑)

 センター試験で失敗してしまい、九州大学が受けられなくなったのは記憶してますが・・・。

 そんなこんなで、浪人生活に入りました。予備校の入学試験みたいなものを受けてみたら、授業料全額免除で入れるということで、「水城学園」に行くことにしました。

 「水城学園」は福岡県の天神(元 親不孝通りの先)にありましたが、少子化の影響か、今はもうありません・・・。

 毎日、佐賀の実家から早朝の普通列車で仲間3人と片道2時間かけて通っていました。

 本命は九州大学。水城学園で試験があった立命館大学 経済学部も受けました。当時、Cコースと呼ばれる、英語と数学のみの試験内容で、数学は直前に水城学園の授業を受けたものと似たような問題が出たのを覚えています。(あれっ?もしかして、問題漏れてたのかな?? と今気づいた・・・(笑))

 九州大学受験の1週間前頃に立命館大学の合格通知が来ました。後で見ると20倍以上の競争率だったことが分かり驚いたんですが、「やっと受験勉強が終わった・・・」と思いました。

 案の定(笑)九州大学は落ちて、晴れて京都に住むことになりました。

 当時、「京、ふたり」という畠田理恵主演の朝の連続テレビ小説をやっていて、「京都って何かいいなぁ」と思っていたので嬉しかったですね。

 人生って、どうなるか分かりませんね。九州で骨をうずめることが決まっていたかのような私が、関西に住むことになるとは・・・。

 大学入学から現在まで関西に住み続けていますが、それはこの時決まった訳です。

 こんなの読んでおもしろいと思うのは私の両親ぐらいですかね・・・(苦笑)
 
 懲りずに、次回は大学時代です・・・。

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会社設立までの道のり 1 「佐賀とファミコンと私」


 何か、急にこれまでの私の35年の人生を振り返ってみたくなったので、時系列に書いてみたいと思います。

 私は、佐賀県で生まれ育ちました。小学校までは、近所で魚釣りをしたり、公園でゴムボールと空バットで野球をしたりと、田舎もんの遊びに明け暮れていました(笑)

 中学生になると、ファミコンをはじめとしたゲームにはまりました。

 つい最近、実家に帰った時にファミコンを発見し、昔を懐かしがりながら約10年ぶりにゲームをすることができました!

 ファミリージョッキーをしたら、いきなり16戦16勝してしまいました。この時に、「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということが身にしみて分かりました。一度身についた技術やノウハウはさび付かないんですね。

 私の場合は今や何の意味もないゲームの技術ですけど・・・(苦笑)

 実家にあったのは、バンゲリング・ベイ、マッピー、任天堂サッカー、ファミリーボクシング、ナムコクラシック、エキサイトバイク、テクザー、燃えろ!プロ野球(これは騙された!)、ドラクエⅢ、ファミスタ’89(山本浩二【こうじ】が4番) ’91(達川がキャッチャー。当時、カープファンでしたので・・・)でした。その他あったと思うのですが、売ってしまっていた記憶があります。全てのソフトが「普通にクリア」できてしまったのが驚きです。

 ディスクシステム(懐かしい!)もやってました。私はツインファミコンを持っているのですが、今はディスクシステムは故障してできません(悲)
 「バレーボール」は最高の技術を持ってた自負があります。移動攻撃とかブロックアウトとか、ブロックなしレシーブをほぼ100%取れるとかできてました。「ゼルダの伝説」や「エキサイティングサッカー」が好きでした。

 アーケード版では「魔界村」にとことん嵌りましたね・・・。

 そんな感じが、私の小中学校時代でした・・・。

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あけましておめでとうございます!


あけましておめでとうございます。

吉田崇と申します。

昨年末(昨日)を以って、㈱船井総合研究所を退社しました。

今年1月11日に株式会社吉田企画を設立し、
代表取締役に就任します。

これまで、「吉田崇のこんさるたんとにっき」を
2004年4月27日から始めて、これまで約3年7ヶ月続けてきました。

その後、2005年5月に『儲かる!治療院経営のすべて』という書籍を出版し、業界に類書が無かったのが幸いして、増刷8回、12,000部発行させていただくことができました。

実は初めて書きますが、ブログを続けられた要因は、「ブログを書き続けることによって文章力を上げて、これから書く本をできるだけ読みやすくて分かりやすいものにするための訓練を目的にしよう」と思っていたからなのです。

今年、第二弾が4月には出版される予定です。

次作も、多くの方にお読みいただければ幸いに思います。私のメッセージをより多くの方に触れていただくということが、私にとって大きな喜びです。

今後ともよろしくお付き合いの程お願いいたします。

 

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