一度死んだ者として生きる|経営者・フリー僧侶 吉田崇伝の原点

DATE:2026.08.13

今週から、新しいカテゴリ「吉田崇伝思想」を始めます。
整骨院業界で25年以上、1000院を超える経営支援に携わってきた経営コンサルタントとして、また易選流易学と真言宗での得度を経たフリー僧侶として、私が確信するに至った経営と人生の思想を、毎週一つずつ、言葉にしていきます。
第一回は、その全体の出発点にある死生観についてです。

法名という、生きながらの死

法名とは、戒名である。

つまり私は、生きながらにして、あの世へ行く準備を済ませた者だ。
真言宗弘法寺管長・小田全宏先生のもとで得度し、「崇伝」の名を授かった。
江戸初期の僧・金地院崇伝に連なる縁起の名である。
得度式で剃髪し、それから三年、剃髪のまま生きている。
仏道学院の講座は半年に一度、受講生は毎回十人前後いるが、頭を丸めたまま通す者は数人しかいない。
剃髪を貫くとは、毎朝、覚悟と決意を新たにすることだ。

得度とは、一度死ぬことだと私は捉えている。
その体験の中身を語ることは許されていない。
だからここには書かない。
ただ、自分の立っている場所だけは記しておく。
死を済ませた者として、もう一度この世を生きる。
この思想シリーズは、その場所から書かれる。

出発点は「貢献」ではなかった

最初に、正直に記しておかねばならないことがある。
私の出発点は「貢献」ではなかった。
むしろ逆だった。
かつてSMIの販売がまったく売れず、食べられなくなった。
生きるために船井総合研究所へ移り、何とか生き残った。
当時の私を動かしていたのは「誰かのため」ではない。
ただ「生き抜くため」だった。

生存の人間から、貢献の人間へ

その向きが「人を救うため」へ変わったのは、後のことである。
易選流の山本るみこ先生に学んだこと。
小田全宏先生のマンツーマンの伝授。
そして得度して、フリー僧侶になったこと。
生存のために始めた仕事が、学びと伝授と「一度死ぬ」経験を通って、貢献の実践へと作り変えられた。

だから私は、「人も組織も変われる」と本気で言える。
私自身が、生存の人間から貢献の人間へと再起動したからだ。
貢献の心が土台であるとは、生まれつきの善性のことではない。
後から目覚め、磨かれていく徳のことである。

死を通過した者の言葉だけが「行」になる

人間として、生死は究極の関心である。
だからこそ、宗教がある。
私は、生まれ変わりの有無や霊的世界の実在を、断定もしなければ、否定もしない。
問いを抱えたまま、静かになっていく。
人類の最も深い英知は、答えの断定としてではなく、答えのなさと共に在る作法として結晶している――私はそう受け止めている。

テクニックは再現できる。
だが、人を深く変えない。
行は、存在を変える。
死を通過した者の言葉だけが、行になる。
このシリーズで語っていくのは、理論ではない。
私が日々回してきた行の言葉である。

これから語る五つの層

ここから、五つの層を語っていく。
すべては、一度死んだ者の目に映った、経営と人生の姿である。

人間観

人は何によって変わり、何によって人を治せるのか。

三つの眼

経営・易学・仏教、三つの道はいかにして一つなのか。

判断

決め続ける人間は、何を軸に決めるべきか。

思想は、日々の何によって本物になるのか。

利益と貢献

では、何のために経営するのか。

私は、死を済ませた者として書く。
読むあなたには、生きる者として受け取ってほしい。

次回は「人間観 ―― 在り方が土台である」を予定しています。

吉田崇伝

About 吉田崇

フリー僧侶(真言宗 得度:法名:崇伝 すうでん)/ 経営者、経営コンサルタント、運命学 講師/ 崇吉塾 塾長/吉田易選 代表/易選流協会 易選士 みんなの森整骨院グループ 主宰/ (株)吉田企画 代表取締役/ (一社)交通事故医療情報協会 代表理事会長/ (一社)易伝 理事/ 【著書】5冊。累計4.5万部発行。『最新版 儲かる!治療院経営のすべて』『自分でできる治療院選び』『学校では教えない 儲かる治療院のつくり方』『はじめよう!リラクゼーションサロン』『儲かる!治療院経営のすべて』/ 吉田崇公式プロフィールhttps://www.r358.com/profile.html
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