今日、9月20日は彼岸入りです。
暑さ寒さも彼岸まで、と言われますが、
お彼岸は季節の節目であると同時に、
ご先祖さまに手を合わせ、自分自身の生き方を見つめ直す大切な時でもあります。
そして今日という日を易学の暦から見てみると、
お彼岸と不思議に重なるものがあります。

丙午年・丁酉月・丁酉日
易学の暦で見ると、今日は、
丙午年(ひのえうま)
丁酉月(ひのととり)
丁酉日(ひのととり)
となります。
丙、丁、午は「火」。
酉は「金」。
つまり今日は、
力強い「火」と「金」が重なって現れる日です。
五行では、火と金には「火剋金」という関係があります。
火は金を剋する。
ただ、易学でいう「剋」は、
単純に悪いもの、争うものという意味ではありません。
金属が火によって熱せられ、
形を変えていくように、
強い力が加わることで、
余分なものが削られ、
本来あるべき姿へと整えられていく。
そのように捉えることもできます。
だからこそ私は、
今日の「火」と「金」の並びを、
一度立ち止まり、自分自身を見つめ直す日。
そんな象意として受け取っています。
そして今日は「彼岸入り」
「彼岸」とは、
仏教では私たちが生きている迷いの世界「此岸(しがん)」に対して、
悟りの境地を「彼岸(ひがん)」と表した言葉です。
春分・秋分の日を中日として、
その前後三日間を合わせた七日間がお彼岸です。
日本では古くから、
この時期にお墓参りをし、
ご先祖さまに手を合わせる文化が受け継がれてきました。
しかし、お彼岸は、
ご先祖さまを供養するだけの期間ではないと私は思っています。
手を合わせることで、
今、自分はどう生きているのか。
何を大切にしているのか。
どこへ向かおうとしているのか。
自分自身を見つめ直す。
そんな時間でもあります。
易学と仏教。違う道から、同じところを見る
今日の易学の象意も、
お彼岸も、
私には同じことを伝えているように感じます。
一度立ち止まり、自分自身を見つめ直す。
そして、
手を合わせる。
私たちは日々、
仕事をしたり、
人と会ったり、
何かを決断したり、
常に外の世界へ意識を向けて生きています。
だからこそ時には、
外へ向かっていた意識を自分の内側へ戻す時間が必要なのだと思います。
易学は、
時の流れや自分の現在地を観る智慧。
仏教は、
自分の心や生き方を観る智慧。
まったく違うもののように見えますが、
私にとっては、どちらも
「自分を整える」
というところでつながっています。
このお彼岸に、少し立ち止まってみる
今日から始まる秋のお彼岸。
忙しい毎日の中でも、
ほんの少し立ち止まってみる。
ご先祖さまに手を合わせる。
そして同時に、
今の自分自身にも目を向けてみる。
今、自分はどこにいるのか。
これから、どこへ向かうのか。
答えを急いで出す必要はありません。
まずは静かに見つめてみる。
易学と仏教。
違うように見えて、
どちらも自分を整えるための智慧なのだと思います。
私自身もこのお彼岸、
改めて自分を見つめながら過ごしたいと思います。
合掌














