宮崎・江田神社の禊池、そして鵜戸神宮へ。
分ける時代から、”つなぎ直す時代”へ入ったのかもしれません。
江田神社・禊池──すべてを手放す「始まりの場所」で

宮崎市にある江田神社・禊池。
この場所は、伊邪那岐命が禊を行った地とも伝えられています。まさに”始まりの場所”。
その地で祝詞を上げ、一度すべてを手放すような時間をいただきました。
抱えていたもの。分けて考えていたもの。力が入っていたもの。
それらを一度、「空」に戻していく感覚。
鵜戸神宮──神と仏が一体だった時代の象徴

その後、鵜戸神宮へ。
ここは、かつて真言宗とも深く結びついていた場所。
神と仏が一体であった時代から、分けられた歴史を経て、再び統合へ向かう象徴のような場所です。
「受け取る側」から「通していく側」へ
洞窟の中、海とつながるその空間で感じたのは、「受け取る側」から「通していく側」へ移ったということ。
学びも、祈りも、受け取るだけでは意味がない。
自分を通して、社会へどう活かすか。
そこまで行って、初めて意味を持つと感じます。
分断から統合へ──これからは形にしていく
分断から統合へ。
時代の流れは、静かに変わり始めているのかもしれません。
だからこそ、これからは形にしていく。
書くこと。伝えること。広げること。
幸縁会で、手を合わせる文化を。
合掌🙏











